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築地本願寺和田堀廟所如月忌参拝 


 2月7日は九條武子女史の御命日。宗門では仏教婦人会がその法要を大切にお勤めしています。

 コロナ禍以前は、この日、本山御影堂で賑々しくお勤まりになり、全国からご婦人方が集われました。小寺からも、数人が坊守運転の乗用車でお参りしていました。法要後の接待で提供されるぜんざいがとても美味しかったと喜んでおりました。
 ところが、コロナ禍以後は法要場所が聞法会館にかわり参拝は各地の仏婦役員に限られました。また一般会員は専らオンラインでの参拝が勧められるようになりました。

 この如月忌は全国の別院や一般寺院でも取り組まれていると思われますが、本山の他、 武子さんに縁が深い築地本願寺和田堀廟所のそれはよく知られています。私もいつかお参りしたいとかねがね思っていましたが、なにせ厳冬期の東京、なかなか決断できずにいました。しかし、昨秋で私は後期高齢者の仲間入り。まだ少し体が動く今しかない。来年は武子様100回忌、その後の忌の迎え方も不安になります。1月から坊守と旅程を練り、一泊二日で参拝することにしました。

 2月7日、関東地方の天候は曇りで小雪が散らつく程度ということで、朝9時半白浜発のJALに間に合うよう7時半自坊を車で出発。便は30分ほど遅れて出発、羽田には11時すぎ到着。京急、JR、京王井の頭線を乗り継ぎ、和田堀廟所最寄りの「明大前」に着いたのは12時半ごろ。そこから案内では徒歩8分のはずですが、なかなか道がわからず倍ぐらいの時間がかかりました。

 廟所に近づくと、歩道橋から多くの墓石に埋め尽くされた墓地と廟所の建物群が目に入ってきました。本堂入り口には五色幕、事務所入り口には案内の立て看。初めてお参りする和田堀廟所のこじんまりした本堂は洋風で内外陣すべて椅子席、助かります。



 法要は、築地本願寺の宗務長の挨拶のあと阿弥陀経のお勤め、法話はお若い広島の服部法紹先生。「阿弥陀様の智慧に学ぶ」と題して1時間、「十悪」を抱えた私のありようを明らかにされ、この私が阿弥陀さまの救いの目当てであることをわかりやすくお伝え下さいました。



 引き続き、 築地本願寺合唱団楽友会のコーラスです。武子様作詞のよく知られた「礼賛歌」、「聖夜」、「合掌の歌」の他5曲が披露されました。この中の「心の人」は武子様50回忌法要を期して作られた曲と紹介されました。武子様を偲ぶすばらしい曲で、私は初めてで心打たれました。

 本堂での行事はここまでで次は墓参に移りました。











 武子様ご夫婦の墓所は、本堂近く生垣に囲われた場所に直方体の自然石とお二人の院号法名が刻まれた石碑が配置されています。墓前では讃仏偈のお勤めの中で、参拝者全員が御焼香させていただき、法要は終了しました。その後は、休憩所で婦人会の方々による温かい飲み物の御接待がありました。

 この法要参拝で、もう一つ嬉しいことがありました。龍谷大学の小池秀章先生が参拝されていました。先生は現在、本願寺新報に立教開宗800年「学ぶ親鸞聖人の生涯×教え」のコーナーに「正信偈に学ぶ」と題して連載して下さっています。先生は九條武子様についても大変詳しく研究され、昨年は本山の如月忌で記念講演をされています。ちなみに先生は元京都女子中学・高校の教諭で現在そこで私の愚息が教員をさせて頂いており、宗教教育について先生にご指導賜っておりました。この日、私も武子様のことで不明な点を二、三お尋ねしたところ、資料を示されて丁寧にご教示いただきました。

 初めての和田堀廟所の如月忌。3時間ほどでしたが、武子さまと心を通わせることができた気がしました。来年は武子様100回忌を迎えます。仏婦総連盟の主催になるのでしょうが、もし、本山でそれが厳修されるようでしたら御門徒さんと一緒に是非ともお参りしたいものです。

      


おまけ
 この日の宿は、築地本願寺のすぐ近くにとっていましたので、翌朝7時の晨朝法要に参拝できました。その後、朝食はホテルが用意した外の店で使用する朝食券を利用しました。行き先は築地場外市場の「すしざんまい本店」。お正月の初せりで大間マグロを5億円でせり落としましたね。ここは24時間営業です。お客様の大半は外国からの観光客のようでした。
 朝からいきなり「づけ丼」美味しかったです。




2026(令和8)年2月7日

                                三宝寺住職 湯川逸紀







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