「青春切符の旅」越前五分市(ごぶいち)本山毫摂寺(ごうしょうじ)の大寄会

(写真・文) 門徒推進員 専福寺門徒 細谷廣延氏


■「青春切符の旅」プロローグ
 去る8月24日から富山市の越中八尾の盆踊り俗に「風の盆」を観る旅に出ました。
 往復「青春切符」を利用するのんびり旅行。「青春切符」はご存じの通り5回分が一組の切符であるから余った分を売るか、人の余ったのを買うかである。幸いにして私の近くには、御坊組々長の三宝寺住職湯川逸紀師がいらっしゃる。同師は、「青春切符」の愛用者だ。たまたま、同師と二人で京都へ出掛けたとき、勿論のことであるが、二人とも「青春切符」を利用、この時残りの3回分利用について、前述の話をすると、快く譲っていただけた。その話の中で同師より「通り道の越前市に毫摂寺が在り、8月27日から28日にかけて境内に大勢集まる大寄という催しがある。ぜひ観てきたら」のお誘い。早速この話に合わせてのスケジュール検討となった。「青春切符」3回分利用については、2回は往復に利用、残り一回は、「風の盆」見物は夜のため、昼間は二日間、暇を潰さなければならない。そこで一日目は立山観光、二日目は飛騨の高山観光を行ない二日目に使用した。

■浄土真宗出雲路派本山毫摂寺
 毫摂寺は、真宗十派の一つ出雲路派の本山である。出雲路とは京都市北区、下鴨神社付近の地名で、最初の毫摂寺建立地とされる。
 毫摂寺は、天福元年(1233年)親鸞聖人が前述の出雲路に創建し、第2世善鸞に附与したのに始まると伝えられる。本願寺覚如の末子善入(第3世)が継ぎ今出川に寺基を移すが、明徳の乱の戦火にあい、暦応元年(1338年)に善幸が当時本末関係にあった越前国山本庄(現在の福井県鯖江市)の證誠寺(しょうじょうじ)(真宗山元派本山)に寄寓(きぐう)[一時的によその家に身をよせて世話になること]。その後、越前一向一揆の兵火にあい、さらに證誠寺との争いが起き、善秀(第11世)は失意のうちに没した。嗣子として柳原家より迎えられていた善照(第12世)は教線の拡大につとめ、慶長元年(1596年)に寺基を現在地(福井県越前市清水頭町)に移して再興した。この地は城下町で、五分市と呼ばれその後、毫摂寺の門前町として発展した。

■毫摂寺の大寄
  大寄りとは、本願寺派では、行なわれていないが、お盆の後参りといって、境内の納骨堂にその縁につながる人達の参る日を、大寄りと称している。各派により日時とか名称等が違う。8月11日、御寄り会(専照寺)。18日・19日、御寄会(誠照寺)。27日・28日、大寄会(毫摂寺)とそれぞれ違っている。  毫摂寺のHPには、「大寄はこの地方切っての大縁日である。又、御影堂では宗祖の厨子の前に、鏡の御影(中央)、熊谷附属名号(右方)、一念称の名号(左方)、また、南余間には光明本尊、名体不離の名号など、当派の法宝物が奉掲され年に一度だけ拝観される。

 二十七日には門信徒が通夜をし、遠近の若い人達が、境内で大きな踊りの輪をつくる。」とされている。  また、インターネットにはこの日の様子を「御堂前、門前などには多くの露店が並び、法要後、空が少し暗くなり始めた午後6時頃には、近隣遠方から多くの方々がおこしになり始め、午後7時ぐらいになりますと押し合う程の人出となりました。午後8時からは懸賞付き 仮装 盆踊り大会が行われ、遠近の若い人達が、境内で大きな踊りの輪をつくり、にぎわいも最高潮となりました。」と書き込まれたレポートもありましたが、実際、この日私が夜8時ごろまでに観たのは、確かに昼間の本山周辺の静けさに比べると賑やかにはなりましたが、そこまでは・・・という感想を持ちました。

 本堂の中では夜7時ごろから法要があり、20名ばかりの参詣人がありました。お勤めにもあわせていただきましたが、若いお坊さんが導師で経段の後に続くお念仏が、「阿弥陀仏、阿弥陀仏・・・」で「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏・・・」に慣れた私は少し違和感を持ちました。帰ってお寺さんに伺うと、「念仏回向にはいろいろあります。日高別院の報恩講法要でも合殺(かっさつ)念仏という「阿弥陀仏」を11句称えながら散華するお勤めがありますよ」とのこと。いつもお参りしていますが、気がつきませんでした。それにしても尊いお念仏なのに何故「合殺」などオトロシイ名がつくのでしょうか?また、誰かに聞いてみましょう。続いての御法話ではベテランの御講師が阿弥陀さまのお働きの尊さを詳しくお伝え下さいました。ただ本山のHPにある法宝物の展示はこの日、本堂内には無かったように思います。(私だけが見逃したのかもしれませんが・・・)

■今回の「青春切符の旅」で感じたこと
 大寄は本堂脇にある納骨堂ないし墓地への参拝に因む行事とはいえ、賑わう夜はそこへ参られる方は少なく、もっぱら夜店と盆踊りを楽しむ「夏祭り」のような印象を受けました。しかし、老若男女、たくさんの方々が楽しくご本山に集う行事が長く継続されていることは素晴らしいことだなと感じました。  駄文はここまでにします。後は写真で大寄の雰囲気を感じてください。本堂内は撮影禁止ですので、堂内の写真は本山毫摂寺のHPから頂いたものです。


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