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帰敬式を受けて



 去る2月12日に、本山西本願寺の帰敬式に出席して法名を授かりました。
 帰敬式とは法名、すなわち仏法に帰依して仏弟子となった人に授けられる名を受ける儀式です。

 前日の11日に受付けに行き、午後は大学のOB会があり、集合場所が東本願寺でした。
 御影堂と阿弥陀堂にお参りした後、門首の別邸である渉成園を見学しました。
 ここは、「枳殻邸」とも呼ばれ、江戸時代初期に徳川家光から寄進された地で、庭園は「池泉回遊式庭園」で石川丈山が作庭したもので、国の名勝に指定されています。
 池の水は琵琶湖疎水から引いているので、琵琶湖の魚が見られるそうです。しかし、訪れたのが冬でしたから池には水はありませんでした。

 翌日、午前中にホテルから近い日蓮宗の本山、妙覚寺を拝観しました。
 この寺は織田信長が上洛のおりに宿泊したという大きなお寺でした。本能寺の変では妙覚寺には嫡男信忠が、本能寺に信長が宿泊していたので、本能寺の変となったのです。

 本堂には江戸時代初期の狩野派の絵師が描いたというお釈迦様の涅槃図がたいへん大きなもので、天井から掲げられていました。
 普段は公開していませんが、冬の未公開寺院の特別公開の期間中でしたので拝観できたのです。

 午後は帰敬式のため、西本願寺に行きました。その日の出席者は私を含め6名でした。
 受付の後、御影堂に案内され、厳粛の内に式が始まりました。

 まず私が代表して、御門主様のお代理を務める緋衣を着けた僧(ご門主に近い血筋の方で「侍真」と称される)より法名を戴きました。そしてもう1名の方が仏弟子となる誓いの言葉「帰敬文」を述べました。その後、一人一人 「おかみそり」を受けました。

 儀式はこれで終わり、龍虎殿に戻って、布教師の法話を聞き、帰敬式全体は三十分余りで終わりました。
 因みに私の法名は「教蓮院釋雄賢」と少し堅い名前になりました。

 今後は、門徒として聞法にいそしみ、真宗念仏者の本分をつくし、報恩謝徳に努めなければと、思いを新たにしたところです。









                         合掌





                  三宝寺総代  椎崎武雄





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