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御仏や寝ておわしても花と銭  一茶




 一茶の句集「おらが春」、2月15日の句です。2月15日はお釈迦様が入滅された日とされ、仏教が伝来した国々では「涅槃会」として大切な行事となっています。そこでは本堂に大きな「涅槃図」が掲げられての法要となります。ただ浄土真宗寺院では「涅槃会」を厳修されるところは限られていると思います。
 何年か前、京都の泉涌寺と東福寺の巨大な涅槃図を見に行ったことがあります。確か1ケ月遅らしての3月15日だったように記憶しています。本堂の高い天井から懸けるも下の軸棒は床についていました。東福寺のものには図中の動物群の中に珍しく(?)「猫」が描かれており、そこだけライトアップされていました。
 どの涅槃図も共通したモチーフで描かれています。中天には満月が、その下には8本の沙羅樹があり、そのうち4本はお釈迦様の死を悲しんで枯れています。釈迦が横たわる宝床(宝台)の周りには、釈尊の最後の御説法を聞こうと数えきれないほどの仏弟子や動物たちが集まり、その最期を嘆き涙しています。
悲しみのため卒倒した阿難尊者、それを介抱する阿楼駄尊者。唯一人、供物を捧げようとする純陀、釈迦の足に触る須跋陀羅、天上界からお釈尊の母、摩耶夫人が薬袋をもって駆けつけてくる場面も多くの涅槃図に共通します。

 私が見た涅槃図のうち、最も多くの動物が描かれたものは、真宗高田派本山専修寺が所蔵するものです。4年前、「一光三尊仏」の17年ぶりの御開帳記念に三重県総合博物館MieMuで開かれた「親鸞〜高田本山専修寺の至宝〜」展を門推の細谷廣延氏と観に行きました。そこに出品されていた涅槃図には驚きました。タテ6.2m、ヨコ4.5mの大きさは、前記2寺院には譲るも、専修寺のような大伽藍でないと懸けることができないでしょう。実際MieMu展示会場の高い天井から懸けても軸棒は床についていました。この涅槃図の特徴は描かれている動物の種類数です。虎や象、水牛といった日本には生息しない動物や竜のような空想上の動物も描かれています。マムシやムカデのように人間に危害を与える動物もいます。当然ネコもいます。
 彼らは平常は互いに喧嘩したり、捕食しあっているのですが、このときばかりは争うことなく、みな一様に釈尊の死を悲しんでいます。
 また、ここには池が描かれていますが、このような涅槃図は稀です。コイがそこでのたうっており、周囲には水鳥がたくさんいます。ムカデやバッタ、アリ、木にはセミやクモまでいます。その数は50種を下らないようです。まるで動物図鑑、実に精緻に画かれています。江戸時代後期の丸山派画家の作品のあるようですが。画工の名は特定されていないようですがその画技には驚くばかりです。
 専修寺は真宗には珍しく毎年、これを掲げて3月中旬「涅槃会」をお勤めになります。
 一茶はどこの「涅槃会」にお参りされたのか不明ですが、信州には禅寺も多く、涅槃会参りは困らなかったことでしょう。句の意味は「仏様は寝て居ながらに、参詣の人々の御賽銭や花のおそなえをもらえる」でしょう。洒脱に詠んだものです。

 涅槃図を保持されている寺院は数多いでしょうが、涅槃像として常時お参りできるところはそう多くないと思われます。私は2か所で拝観しました。その一つは親鸞聖人24輩巡りで訪ねた真宗高田派本寺専修寺(栃木県真岡市)にありました。「木造としてはその大きさが日本一」だとか、まず真宗寺院に釈尊像があることが驚きでした。境内に整えられた諸堂の一つに「涅槃堂」がありました。山門のそばのこぢんまりとしたお堂の中には三具足を前に金箔を押した木造の涅槃像がありました。2mくらいでしょうか、涅槃像といえばテレビ映像や写真で見る東南アジアの巨大な金ぴかの涅槃像のイメージが強く、日本一の大きさと説明板にはありましたが、正直ちょっと意外でした。


 もう一体、これはとてつもなく大きいものです。所は福岡県篠栗町、真言宗 南蔵院にあるものです。3年前、九州国立博物館の「兵馬俑展」を観に行ったついでに寄ったのがここ。写真でその大きさがわかるでしょうか。全長41m、高さ11m、重さ300トンで、ブロンズ製としては世界最大とのことです。とにかくデカイ、御足と私と比べてみてください。釈尊の左手指から五色の紐が参拝者のもとまで伸びています。


 涅槃図、涅槃像の釈尊像はどこでも大きく制作されます。お釈迦さまの偉大さを象徴されているのでしょう。親鸞聖人は正信偈に「如来正意興出世 唯説彌陀本願海」(お釈迦さまがこの世にお出まし下さったのはただ阿弥陀様の必ず救うという本願を説くためです)と釈尊を称えられました。その釈尊がその願いを果たされ、入滅されたのが2月15日。
 涅槃会では寝釈迦の前にきれいな仏花が供えられ、賽銭箱も置かれます。さすがお釈迦さま、いつの世も寝ておられても花と銭には御不自由なさらないようです。


                    南無阿弥陀仏  南無阿弥陀仏


御坊組組長
湯川逸紀(三宝寺住職)


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