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令和7年度第3ブロック門信徒総研修会
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花岡先生のご自坊がある地域は、過疎化が進む中で現在13世帯が暮らしておられるとのことです。先生ご自身やそのご家族にとっては思い出深い故郷ですが、近年は地域とのご縁が希薄になりつつあり、普段は子どもたちの賑やかな声すらあまり聞こえません。しかし、年に一度、境内が子供たちの笑顔と声で溢れるときがあります。 勝光寺では、毎年夏に「平和を願う花火の集い」が開催されます。花岡先生は大阪・松屋町で自ら手持ち花火や打ち上げ花火を購入し、くじ引きやおもちゃの金魚すくい、スーパーボールすくいなど、子供たちが楽しく過ごせる工夫をこらしておられます。この日ばかりは大人も子供も笑顔がはじけ、会場は大いに賑わいます。 しかし、戦時中には敬うべき仏具さえも、時代の流れで武器へと変わった過去があります。私たちは戦争に反対の声を十分にあげず、多くの人を戦地へ送り出してしまいました。だからこそ、二度と戦地へ赴かせないために声を上げ続け、子供たちが笑顔で念仏できる世代へとつないでいかなければなりません。 現代の子供たちは、「知らない人の車に乗らない」といった指導を受け、大人を見る目にも警戒心が漂っています。こうした社会をつくったのは私たち大人自身ですが、それでも、私たちの想いや願い次第で少しずつでも社会を変えていくことは可能ではないかと先生は問いかけます。 本来、この世界は根源的な「安心」の場ではなく、私たちはいつ何が起きるか分からない不確かな日々を生きています。老いとともに多くを「置いて」手放していく存在であり、善き人であろうと自負しても、阿弥陀さまはあるがままの私たちを受け止め、必ず救おうとしてくださいます。その存在こそが、真の安心の拠り所であると説かれました。 どれほど自分が迷い、もがき続けようとも、全てを手放す時がこようとも、その安心は失われることがありません。阿弥陀さまの大きな慈しみを信じ、「お念仏申すこの口にそばにいてくださる」ことを共に慶びましょうと、花岡先生は静かに結ばれました。 花岡先生のご法話は、平易な言葉でユーモアを織り交ぜながら、私たちの心にすっと響くものでした。もっとお話を伺いたいという思いとともに、より多くのご門徒の皆さまにもこの尊いみ教えを届けたいという願いが自然と湧き起こります。これからもご聴聞の機会を大切にし、共に味わい深く学ばせていただきましょう。 2025(令和7)年9月25日 広報担当 橋本信子 |


